YOKOの歳時記

気候クライシスで全地球規模で滅亡の危機に瀕しているのに、いまだに武力で他国を蹂躙するもの、その尻馬に乗って平和な世界を、人類の理想を打ち壊そうとする輩。これらの愚行を絶対に許すな!日本国憲法・第9条を守れ!地球を絶滅の淵に追いやる核・原発反対! 大長今 日々の記録 語学学習 https://www.youtube.com/channel/UCL0fR1Bq0ZjZSEGaI2-hz7A/

三水(サムス)の冬 流刑地の十年 その1

一年後

ハッ!…夢か?…夢なのだ!…
どうしてこのような愚かな夢を…、これほどまでに浅ましい夢を…。

三水の冬は冷たい。一年前に流罪を仰せつかった時、その準備も出来ぬままに冬を迎えた。半年近くも続いた雪と氷の世界、高山の厳しさに身を凍らせた。朝目覚めると、戸の隙間から吹き込んだ雪がうず高く積もり、そのまま凍っている。誰一人訪う人もいない孤独な日々。何とか冬を持ち堪えたのは、大長今を支えてやれない自らを罰する気持ちがあったからだ。
最後まで私を追って来た大長今を突き放した。私も大長今も、そうすることでしか別れの悲しみを断ち切ることが出来ない、そう信じた。今一人宮中に残り心を殺して生きているに違いない。医術に打ち込み大長今としての責務を果たしているだろう、それが悲しみを紛らわす唯一の術として。
このままでは死ねない。私がここでおめおめと命を落としたら、大長今も恐らく生きてはいまい。その姿は見えずとも、大長今が王の主治医として立派に責務が果たせるよう、陰ながら見守らなくてはならない。たとえ再び逢いまみえることは出来なくとも…、私の知らせが、大長今に悲しみを与えることなど絶対にあってはならない!
また冬がやって来る。粗末な食料と衣服とで再び生きながらえなければならない。


昨日山に入り薪の準備に倒木の始末をしていた。その時に誤って掌に小枝を突き刺してしまった。慣れぬ農具を使っての切り傷は、初めの頃に随分受けたが、さすがに最近はそのような怪我をすることもなく、ましてや掌に傷を受けることなど無かった。自らその手当てをしていた時に、突然思い出したのだ。
 張り裂けそうな胸の痛みを、ただ弓矢にぶつけるしかなかったあの時。大長今は黙ってこの掌の傷の手当てをしてくれた。言葉を掛け合うことも、見つめ合うこともなく…。その時も大長今を手放した後悔で、私の心はどれ程苦しかったか知れない。生涯をかけて愛し守り抜いた人を、臣下の道に生きる私が、王の側室として差し出さなければならない…。二人で宮中を逃げ出し、雪道を手をつなぎ歩いた日から、さほどの月日も経たっていなかったあの日…。しかしそれでも尚、まだ幸せだったのだと言えるのか?この掌は確かに大長今の温かな手に触れ、この瞳は大長今の愛しい姿を映していた…。


 ふと思い出し、心一杯に広がってしまった悲しみを、振り切ることが出来なかった。何故に心のままにしてしまったのか。何故にこの期に及んで、大長今の面影を追うことを、自分に許してしまったのか。更に苦しみが追いかけてくるだけなのに…。何時までも尽きぬ問いかけに、眠れぬ夜を更に重ねるだけなのに…。そして遂にはこのような夢を…。
大長今こそは王の主治医になるべき人、なによりもまず人間として尊敬していたからこそ、その半生を掛けた医女の道を全うして欲しかった。朝鮮の歴史に残る女人と認めたからこそ、ソンビである私の選ぶべき道は他に無かった…。
だが、私は、やはり男としての心を断ち切ることは出来ないのか?僅か一年でこのような夢に苦しめられるのか?こんなにも愚かで浅ましい夢に…。命を掛けた王の主治医への推挙を、この私が、こんな形で裏切るというのか?この辛い一年を、ソンビの矜持で耐えてきた私が…。信頼だけでしか繋ぎ止められない絆を、疑いの心で断ち切るというのか、王を、そして大長今を…。
いや…、そうだ…。もし仮にそうであったとしてもそれでも尚かつ、大長今の幻を追い求める気持ちを止められない。やはり止められないのだ!「全てを忘れなさい!」と突き放した、この私が…。