YOKOの歳時記

気候クライシスで全地球規模で滅亡の危機に瀕しているのに、いまだに武力で他国を蹂躙するもの、その尻馬に乗って平和な世界を、人類の理想を打ち壊そうとする輩。これらの愚行を絶対に許すな!日本国憲法・第9条を守れ!地球を絶滅の淵に追いやる核・原発反対! 大長今 日々の記録 語学学習 https://www.youtube.com/channel/UCL0fR1Bq0ZjZSEGaI2-hz7A/

大長今二次小説 その後の二人

その手を引き山道に分け入って、チャングムを説得した。

「いけません、ナウリ、私は殿下の主治医です。力及ばずとも最後までお供するのが務めなのです。」

「ではチャングムさんは、私に賜った殿下の最後の御命令を無視されよとおっしゃるのですか?王の主治医は王崩御の際その責任を問われ、罰を受けます。しかし殿下はもはやこの世にはおわさない。今宮中に戻っても罰を受けるだけ、無駄に命を捨てに行くことになるのです。」

 「最後のお見送りも出来ないなんて、私は当然罰を受けねばなりません。」

 「しかし殿下はそれを怖れて、貴方に『生きよ!』『逃れよ!』とお命じになったのです。チャングムさんは主治医として既にその責任を果たされました。そのことは貴方自身が一番良く知っている筈です。チャングムさん、もう十分です!
 …十年前お別れする時貴方に『全てを忘れて下さい』と言いました。チャングムさんは『出来ません!』とおっしゃった。私を忘れて生きてきましたか?『とっくにそうした』と言った私は…、出来ませんでした。十年先、百年先も共にあると誓った心を欺き通すことは出来なかった。身は離れていても心はいつも貴方の側にいました。
 …しかし、もうこれ以上…、貴方と再び離れて生きていくことは出来ません…。貴方の命は貴方だけのものではない、チャングムさんが宮中にお戻りになり罰を受けるとおっしゃるのなら、私も最後まで共にありましょう!
しかし、今私のたった一つの願いは、チャングムさん…最後は殿下の主治医ではなく、私の妻として……。」

 次々と流れるチャングムの頬の涙を拭いながら、思わず口を突いて出てしまった言葉だった。身分を剥奪されているとはいえ、ソンビとしての自分は一体どうなってしまったのだろう?こんな卑怯な言葉でチャングムを縛ろうとは…。十年前辛い別れを強いたのは自分の方ではないか。そして何時再会できるとも、今生の別れとなってしまったのかということさえも運命知らぬまま、この歳月が流れたのだ。どうやってここまで耐えて来られたのか、今となっては不思議なくらいだ。
 しかし、今ここにこうして私の腕の中にチャングムがいる。もしまた再びチャングムを手放すようなことになったら…。その恐怖はもはや耐え難い。声がかすれ不覚にも涙が一筋流れ落ちた。必死に私の顔を見つめていたチャングムは、呆然として泣くのを止め、それから一つ頷きゆっくりと私の胸に身を預けた。昨日チャングムと再会してから緊張の溶けなかった心に、初めて深い安堵が広がっていった。

 「もう決して、今度こそ決して、この命が尽きようとも二度と貴方を離しません!」 

 途中小さな宿場で馬を買い入れることが出来た。今は少しでも遠くに逃げたい、がチャングムは王の看病の疲れと崩御の嘆きで、馬の背に揺られながらどんなにか辛い旅であろう。三水の夜は冷たい、日が暮れる前に今宵の宿を探さねばならない。

 その夜、侘しい白丁の作業場に宿を借り、飽かず見つめ合った。あれから十年、チャングムの今猶なんと美しいことだろう。私を見つめ続け、何度も微笑もうとするチャングム。しかしその都度大粒の涙が零れ落ちる。

 「もう泣かないで…。いや、泣かせはしない!」

 その涙をこの手で拭い、強く抱き締めそして口づけた。ようやく再び巡り合えた、この幸せが、この喜びが信じられない。夢のように消え去ろうとするチャングムを何度も強く抱き締め、口づける。抱き締める度口づける度、哀しさと愛おしさとが溢れくる。

 「チャングムチャングム!済まなかった!会いたかった!」

 「ナウリ…、お会いしたかったです…、お会いしたかったです…。」

 「チャングムさん、もう泣かないでください。もう二度とあなたを離しません。もう二度と…。」

再び流れ落ちる涙を指で拭おうとすると、チャングムは私の手を取り、顔を覆ってしまった。

 「ナウリ…、申し訳ありません!私の為に、こんなご苦労を…、ナウリ…。」

 私の荒れた手に頬を押し当て咽び泣く。チャングムは昔私に攫って逃げて欲しいと縋った時、筆を持つ手が土を耕し、荒れさせることになると幾度も幾度も私にその決意を尋ねたのだ。そんなに恐れた不安が現実のものとなったのを見て、どれ程心を痛めているだろう。

 「チャングムさん、私はうれしいのですよ。今貴方と共にある、その為に荒れた手なら百年でもこのままにしておきましょう。」

 「いいえ、私が、私が治して差し上げます。必ず!必ず!」

 私の手に覆われたチャングムの小さな顔、なんと可憐で幼く、一途な表情をするのだろう。思わず微笑み、深く口づけた。

 ようやくその唇を離してあげた時に、突然に恥じらいに頬を染めうつむく姿に、遠い昔書庫で初めて出会った日のチャングムの初々しさが甦ってきて、喜びが込み上げてきた。早鐘を打つ私の胸に顔を埋めて、チャングムはこのまましばらくいさせて下さいと小さく囁いた。
 中々顔を上げてくれない。もう一度口づけようと覗き込むと微かに微笑みながら小さな寝息を立てている。
 こんなにも小さくか弱げな人だったのだ。私はこの人の全てを信じ、王の主治医になることを願った。この人の大きさを信じ、歴史に名を残す使命を果たすことを願った。しかし私は見守ることさえも出来ず宮中を去り、チャングムはただ一人置き去りにされたのだ。どれほど心細く辛い日々を送ったことだろう。こんなにも小さくか弱げな人だったのだ。
 耐え難かった10年の日々、二人に同じだけ流れた悲しみの日々、もう二度と離れ離れになることは無い。

 「チャングムさん、これからは喜びも悲しみも二人一緒です!」

 

突然一番鶏が鳴いた。短い夜が明けたのだ。
 昨夜ずっと私の胸にいてくれたチャングムの安らかな寝息が止まると、美しい目が開いた。身を起こそうとする体をもう一度強く抱きしめる。

 「…? ナウリ、夜が明けたようです。すっかり眠り込んでしまい、申し訳ありません。…?ナウリはもしやお休みになれなかったのではありませんか?私が身を預けていた為に。」

 「大丈夫ですよ。…貴女を手放したくなかったのです…。手放したらこの幸せが夢のように消え去るのではないかと、恐かった…。」

 「…。でも、ナウリ、お疲れでしょう?どうぞ少しでも身を横たえないと…。」

 「かまいません、もうしばらく…。」

 「…ええ。」

 チャングムの微笑みが心を満たしてくれる。チャングムの髪を撫でながら、喜びの一夜が不安な朝を迎えたことを思った。しかし今、これだけは言っておかねばならない。チャングムは私を許してくれるだろうか?

 「…、私はこの10年、…心を殺して生きてきました。」

 「ナウリ!」

 「…チャングムさんに強いた殿下の主治医、それに雁字搦めに縛られていたのは私の方です。医女として貴女の生き方を全うさせて上げたかった。ソンビとしての私には、殿下の主治医は他でもない貴女意外にその選択の余地は無かった。チャングムさんは立派に責任を果たされた、それは今でも誇りに思います。
 …しかし、それは同時に、貴女を、自分の命より大切に思う貴女を、その命さえも取られかねない崖に追いやることだった。勿論、チャングムさんと運命を共にする覚悟でした。しかし、私は宮中を追われ、二人の距離は余りにも遠かった。貴女に会えない、貴女の困難を一緒に支えて上げられない、それは通り一遍の覚悟では到底乗り越えられない、辛い日々でした。」

 チャングムは身を起こすと、私の両の手を取り、微笑んだ。昔私の家の凍れる池の前で、私に宮中に戻るよう別れを告げた時と同じ、揺るがぬ眼差しがそこにあった。

 「ナウリ、私に誓って下さいましたね。10年先、100年先も共にあると。私の側らにはいつもナウリがいらっしゃいました…だから私、耐えることが出来ました。…ナウリのお側に、私はいなかったのですか?」

 その目が無邪気に笑っている。袖口から今はもう房の取れてしまったノリゲを取り出すと、チャングムは愛しそうに手に取り、再び涙ぐんだ。あの辛い別れの日、チャングムが私の手に握らせてくれた、チャングムにとっても、私にとってもかけがえのないノリゲだ。

 「いいえ、いつも側にいてくれました。貴女に頂いたこのノリゲ、お父上の愛と貴女の心が込められています。チャングムさんと思って肌身離さず暮らしました。こんなになってしまって…」

 「うれしいです、ナウリ、うれしいです。」

 「しかし、私は、…チャングムさんに許しを請わねばなりません。

 …ある夜、私は夢を見ました。怖ろしい夢でした…恥ずかしい話です、…殿下の貴女へのお気持ちを知った時から、私は平静ではいられなかった。殿下を信ずる気持ち、貴女を信ずる気持ち、ソンビとしての大義名分、…結局そんなものは何の役にも立たなかった。ハッと目覚めた時、私の心は怒りで一杯でした。殿下へでもない、貴女へでもない、私自身に対する怒りです。偽りの心を持つ私への怒り、…そして後悔でした。貴女の命と貴女への思いを無残にも投げ捨ててしまった、それはもはや取り返しのつかない…。
 その時から私は自らの心を殺して生きてきたのです。もう何も考えまい…何も思うまい…、どうしても貴女を思う時はこのノリゲを見続けました…、これだけはどうしても…。」

 「ナウリ、私は…。」

 「いいえ、チャングムさん、聞いて下さい。私は実に愚かだった。貴女にも、殿下にも罪を犯しました。それを骨身に沁みて悟ったのは、貴女があの三水の丘に立っているのを見た時です。…殿下は私との約束を守って下さった、同じ男としてそれがどんなに苦しいものであったか痛いほど分ります。…そして貴女は、大長今としての務めを果たし、そして生きて、…生きて、私の元へ帰って来て下さった。貴女を一目見た時、全てを悟ったのです、ソンビとして殉じた筈の私は、なんと小さく愚かな人間であったのかを…。
 チャングムさんが殿下の主治医として精進した10年の日々を、私はこんなにも無為に送ってしまったのです。…がっかりしたでしょう? 許せはしないでしょうね?」

 チャングムが私を抱き寄せてくれる、やわらかく、暖かく、小さくふるえて。

 「いいえ、そのお気持ち聞かせて頂いてうれしいです。女として…、片時もナウリを忘れられなかった女として、本当にうれしいです。」

チャングムの目から涙がこぼれ落ち、私の頬を濡らした。この人は今までに、父と母と、親しい人と、そしてこの私と、辛い別れを何度も繰り返し、涙を流し続けた。もう二度とそんな悲しい涙を流すことのないよう、二度と離れ離れにならないよう…。

 「…チャングムさん、今はもうこんな私でも、…私の妻になってくれますか?」

 チャングムの目から再び涙がこぼれ落ち、そして美しく微笑んだ。

 「ナウリ、どうぞ、私を妻として、もう二度と離さないと約束して下さい。」